“髙野マジック”炸裂! 千葉の盟主ともいえる豊上ジュニアーズは、髙野範哉監督がトップチームの指揮官に復帰して即、2年ぶり5回目の全国出場を決めた。拮抗したゲームでは一死までに三塁を奪い、手堅く得点する。全国大会でもおなじみのスタイルは今年、やや影を潜めている。それも今の戦力とチームカラーから、名将が導き出した答えのようだ。
(写真&文=大久保克哉)
※千葉大会決勝リポート➡こちら
天真爛漫と髙野”マジック”の化学反応
とよがみ豊上ジュニアーズ
[千葉/1978年創立]
出場=2年ぶり5回目
初出場=2016年
最高成績=3位/2019、21年
【千葉大会の軌跡】
1回戦〇17対2匝瑳東BBC
2回戦〇6対4磯辺シャークス
準決勝〇13対5新浦安ドリームスター
決 勝〇2対1常盤平ボーイズ
「えっ! やってないの?! ダメだろ、オマエ! なんで?! やっておけって、言っておいたじゃない!」
全国出場をかけた県決勝戦の開始まで、もう5分あるかないか。ただでさえ独特の緊張感が漂う中で、豊上ジュニアーズのベンチは指揮官の荒い口調と嘆き節で、にわかに凍り付いた。
これもマジック?
1年の中でも最も大事と思われる1日の、絶対に負けられない戦いの間際である。真相はどうあれ、この期に及んでのドタバタは、決して褒められたものではない。選手たちに動揺が走り、パフォーマンスにも影響しかねない。
ところが、そうならないあたりも“髙野マジック”なのだろう。間もなく始まった大一番で、マイナスの影響を見て取ることはなかった。むしろ、予想以上の好結果を生む一因にもなった。
県決勝の1回裏、四番・加藤が逆方向へ先制三塁打を放つ
1回裏に先制三塁打を放った四番・加藤朝陽。実はこの一塁手兼投手が、冒頭で叱られた張本人だった。髙野範哉監督は試合後、開始直前の言動は意図的でなかったことを打ち明けた上で、こう証言している。
「あれは本気で叱りました。加藤はちょっと太めで、土曜日の午前中(※決勝は土曜9時開始)は特に動きが鈍い。ピッチャーでもストライクが入らないんですよ。だから『試合前のピッチング練習を多めにやっておけよ!』と言っておいたのに、本人に確認したら『やってない』って(笑)」
命に背いた形の加藤もきっと、指示を忘れていたわけではない。前夜はチームで21時あたりまで室内練習場で打ち込み、当日朝も6時集合でバットを軽く振って実打もしてきたという。その中で彼なりに、自身のコンディションなども踏まえた判断があったのだろう。しかし、あのタイミングと指揮官の勢いからして、弁明する余地はなかった。
1回表、ファウルフライに飛び込む加藤と捕手・岡田主将。捕球ならずもこの後、顔を見合わせてニコニコ
「もういいや! みたいな感じで試合に入りました(笑)」
にこやかに振り返った加藤は、結果として登板機会がなかったことには安堵したという。決勝は先発したエース左腕の桐原慶が、6回完投勝利を収めている。
エースの桐原は天性の左横手投げ。打力も足もあり、二番バッターとしても不可欠だ
以下、優勝直後の加藤の弁。
「ボクは昨日からちょっと、コントロールが落ち着いてなくて自信がなかったので、慶(桐原)が最後まで投げてくれてホッとしました」
擦れてないゆえに
今年のチームカラーは、加藤の一件にも象徴されている。そう指摘するのは髙野監督だ。
「今年はレベルの高い選手が1人もいないし、細かいこともできないので打つしかない。それに加えて、去年までの子たちじゃ、ありえなかったようなことがどんどん起こるんですよ。それがパターンになっちゃってるので、オレが黙っていると、絶対ダメなチームなんです」
138㎝の坪倉凛之丞(上)と140㎝の石井(下)の二遊間は、俊敏で巧み。併殺も難なく決めてみせる
決勝でも指揮官の檄が効いた場面があった。詳しくは試合リポートにあるので割愛するが、2対0で迎えた5回表の守りだった。送球エラーで無死一、三塁とピンチを広げてしまった遊撃手の石井岳に対して、髙野監督が「変な顔するな!」と一喝した。
「ミスした選手を宥めろ、とよく言われてますけど私は逆ですね。結構、キツいことを言うんですよ。円陣でもそう。『負けてもいいのか!? 次もまたエラーするのか?!』と。今年は特に、そういう言い方をしてます」(髙野監督)
タイム中に一喝された石井は、次はミスをしなかった。再開直後のプレーで6-4-3の併殺を完成させている。
「今日(決勝戦)もめっちゃ緊張してガタガタでした(笑)。ボクは緊張しいなので、全国でもバクバクだと思いますけど、ホームランを打ちたいです」
こう話したのは、正捕手で三番を打つ岡田悠充主将。決勝の第3打席でレフトへ放った特大飛球は、深く守っていた外野手のミットに吸い込まれたものの、全国大会の70m特設フェンスがあれば軽く超えていただろう。マスクを被っては、打たせて取るエースを好リードで完投を後押しした。そんな頼もしいキャプテンが、自身の弱さも明るく打ち明ける。
良く言えば、天真爛漫で擦れていない。悪く言えば、バカのつくほど正直でやや鈍感。どうやら今年のチームには、そういう愛すべき人間性が多いようだ。冒頭の四番バッターも然り。全国を決める犠飛を放った高橋嶺斗も、意図した打撃ではなかったことから「残念」と口にしている。胴上げ投手の桐原は、ピッチングの組み立てを包み隠さずに教えてくれたが、全国大会前なので差し控えたい。
三番・捕手の岡田主将(上)は根が正直で明るい。遠藤(下)が右翼に入った外野守備陣は、昨秋より格段に広く堅くなっている
ともあれ、そういう面々には直言がベター。指揮官がその答えと塩梅を導けたのは、場数と実績によるところも大と思われる。創立46年目のチームを、この15年あまりで全国上位クラスへと押し上げた大功労者は、髙野監督でしかない。
長男とともにチームに入り、父親コーチとなったのが2006年。10年後の2016年には監督としてチームを初めての全日本学童大会へ導いた。そしてその夢舞台で2019年から2大会連続で銅メダルを獲得。昨年度は組織内の変更に伴い、3年生チームを率いたが、トップチームの監督(総監督)に復帰した今年度、すぐさま全国出場を決めてみせた。
澄み切ったスマイル
「全国予選(県大会)は乗っているチームは強いので、いかに選手たちに『勝てる!』と思わせるかですよね。今年は県でもなかなか勝てていない代で、秋の新人戦も決勝で3対17の大敗(リポート➡こちら)。そこからよく、頑張ってくれましたね。感無量です。決勝に関しては、豊上の野球をきちっとやってくれたのが大きいですね」
2年ぶりに全国出場を決めて、真っ先に胴上げされた髙野監督はまず、ストレートに選手たちを称えた。
その歓喜の輪を遠巻きに眺めていた大人の中には、前監督の原口守コーチの姿もあった。昨年度はトップチームを率いて、新人戦は県を制して関東大会出場も、夏の全国予選は県2回戦で敗退。現在は5年生チームのヘッドコーチだが、1年前の同時期になめた辛酸が蘇っているかもしれない。だが、一点の曇りもない、穏やかなスマイルで心境をこのように吐露した。
「全国はチームの目標でもあるし、去年は悔しい思いをしている分、ホントに良かったなと。『おめでとう!』と、お父さんお母さんたちにも心の底から伝えたいですね」
三塁手・福井陽大(上)、代打の切り札・中尾栄道(中央)、中堅手・神林駿采(下)の5年生トリオは夢舞台を経て、さらに大化けの予感
トップチームは平日2日間の練習があるが、新年度は髙野監督が仕事で顔を出せない日も多々。代わりにサポートしてきたのが原口コーチだった。またこの全国予選では、同コーチが受け持つ5年生から5人がメンバーに入り、うち2人がレギュラーとして県制覇に貢献している。
原口コーチにとっては、5年生も6年生も一緒。愛するチームの、同じ教え子に過ぎないようだ。
「監督がいない夜練も頑張ってきたから、こういう結果になれたのかなというのもあるので、この子たちをみんな褒めてあげたいですね。『髙野監督じゃないと!』みたいな声は去年の段階から少なからずありましたし、今さらどうというのはないです。もちろん、髙野に対してはさすがだなというのがあるし、同時に自分の力不足も感じて持っておかないと。今は5年生たちをみさせてもらっているので」
県決勝は保護者らの後方で見ていた前監督の原口コーチ(写真上の白帽)。優勝が決まると、柔和な笑みで手放しに賛辞を口にした(下)
オレがオレが! という指導者は豊上にはいない。本音で話すタイプの髙野監督にも、自分の存在や手柄を外へ誇示するような言動はまったくない。
「ウチのスタッフはみんなそうなんですよ。今年は平日練習を原口さんがみてくれたことで、この子たちもより成長できたと思います」
そう語る指揮官が、20年弱で練り上げた最上のもの。それは良き理解者たちによって成り立つ、目に見えない組織力なのかもしれない。途切れぬ歴史や手作りの専用球場、堅実な戦法に優勝旗やメダルの数々は、どれも希少な財産に違いない。
だが、もっと尊いものを今年の豊上ジュニアーズは体現しているような気がする。以下、県優勝時の選手たちのコメントだ。
「優勝できた一番の理由は、応援だと思います。他学年の応援も、ママたちの応援もすべてが力になりました」(髙橋)
「私はみんなが全国優勝できるようにサポートしています。これまでに厳しい練習もあったけど、指導者のみなさんに『勝たせるぞ!』というのがあったからだと思います。野球の上手さも大事だけど、気持ちも大事だなというのを学びました」(川上葵花=写真下)
「全国では完封したいです」(桐原)
「しっかりヒットも打って良いプレーで楽しみたいです」(坪倉)
「ヒットを打って楽しみたいです」(石井)
「全国ではまたみんなで一致団結して、点を取って勝ちたいです」(加藤)
人としても胸を張れるだろう指導陣の下で育ってきた、ピュアな6年生たち。夢の全国舞台でも“髙野マジック”によって、また新たな化学反応が生じ、何かを引き起こすことになるのかもしれない。
手前左から髙野監督、剱持正美コーチ、長井竜也コーチ
【県大会登録メンバー】
※背番号、学年、名前
⑩6 岡田 悠充
①6 桐原 慶
②6 加藤 朝陽
③6 志水 一翔
④6 坪倉凛之丞
⑤6 早川 歓
⑥6 石井 岳
⑦6 高橋 嶺斗
⑧6 遠藤龍之丞
⑨6 川上 葵花
⑪6 後藤 勇人
⑫5 福井 陽大
⑬5 神林 駿采
⑭5 中尾 栄道
⑮5 土屋 孝侑
⑯5 村田 遊我